「ホルモン療法を始めてから、骨密度や筋力の低下を指摘されて不安……」乳がん治療を乗り越えた多くの女性が直面する、こうしたカラダの変化。
主治医の先生には少し相談しづらく、「年齢のせい?」
「治療中だから仕方ない?」
と一人で抱え込んでいませんか?今回は、乳がん・婦人科医療の専門家である「マンマリア」理事長の尹玲花(いん れいか)先生と、乳がんサバイバー向けの運動・食事指導で多くの実績を持つ「リオールジム」代表の奥松功基(おくまつ こうき)さんの対談をお届けします。前編では、世界中の研究エビデンスに基づいた、「しんどくない」「今日から試せる」体力づくりと、筋肉・骨を守る運動のコツについてたっぷり語っていただきました。
疲れをリセットする「持久力」の正体
尹玲花医師(以下、尹):
私のクリニックでも、患者様から「とにかく疲れやすくなった」「駅の階段がつらい」というお声を毎日お聞きします。
実は私自身も、1日の診察が終わると診察室の椅子から立ち上がれないほど疲れてしまって(笑)。
10分くらいお茶を飲んで休憩しないと家に帰れない時期がありました。
そんな時、奥松さんのジムにお世話になり始めて、体力が大切だと身に染みて分かったんです。
奥松功基さん(以下、奥松):
尹先生ほど活動的な方でもそうだったんですね。
僕たちのジムでは、半年に一度、体力測定や疲労度に関する質問紙を実施しています。
そこで明確に分かったのが、「すごく疲れている」と答える方ほど、その後の測定で「持久力」の数値が低い(伸びしろがある)という点です。
逆に「疲れをほとんど感じない」という方は、持久力の測定で素晴らしい数値が出ます。
極端に言えば、アンケートを見ただけでその人の持久力が分かってしまうくらい、疲れやすさと持久力は直結しているんです。
尹:
なるほど。
なんとなく「筋肉をつけなきゃ」と思いがちですが、日頃のしんどさを減らすためには、まず「持久力(体力)」の底上げが必要なんですね。
「1.1倍のスピード」と「階段」の法則
尹:
ジムでは、持久力をつけるためにどんな指導をされているんですか?
ランニングなどのハードな運動が必要なのでしょうか?
奥松:
いえ、ランニングをする必要は一切ありません!
実は、大学病院と共同で行った3ヶ月間の研究があるのですが、運動習慣がなかった乳がん経験者の方々に運動を取り入れてもらったところ、持久力が上がったチームは身体的な倦怠感が半分のスコア(50%改善)まで減ったんです。
参加者の方からは「以前は外出から帰ると一度横にならないと夕食を作れなかったのに、帰ってすぐキッチンに立てるようになった」という嬉しいお声をたくさんいただきました。
尹:
素晴らしいですね!
「一度横になる」を挟まなくてよくなるのは、家庭を回す女性にとって本当にありがたいことです。
具体的にはどんな運動をすればいいですか?
持久力アップのポイントは2つ。
①ちょっとだけ早く歩く(普段の1.1倍のスピード)、②階段を使う(ランニングと同じ運動強度があります)。
奥松:
実は、ゆっくり時間をかけてお散歩をするだけだと、約半数の方は持久力が改善しないという研究結果があります。
持久力を高めるには「少しだけ強度の高い運動」が必要なんです。
最終的な理想は、週に合計150分。
通勤や買い物、駅の階段移動もすべてカウントしてOKです。
毎日「昨日の自分をちょっとだけ超える」意識で、「普段3分歩いているところを4分にしてみる」といった心がけから始めてみてください。

安全に筋肉を増やすステップ
奥松:
持久力と並んで大切なのが「筋肉」です。
私たちの体は30代以降、毎年300gの筋肉が自然と失われます。
さらに乳がん治療(抗がん剤など)の影響を受けると、一気に10年分もの筋肉量が減ってしまうとも言われています。
この極端に筋肉が減った状態(サルコペニア)は、乳がんの予後にも影響するという研究データが出ています。
尹:
通院するだけでも、一定の筋力がないと治療を続けること自体が大変になってしまいます。
でも、多くの患者様が退院時に「重いものを持たないように」「腕を上げすぎないように」と指導されるため、何年もそれを守り続けた結果、肩が上がらなくなったりするケースをよく目にします。
尹:
特に脇のリンパ節を郭清(切除)された方は、「筋トレをしてリンパ浮腫が悪化したらどうしよう」と不安に思われています。
安全な境界線はどこにあるのでしょうか?
奥松:
すでにリンパ浮腫がある方やリスクが高い方でも、「少しずつ強度を上げていけば、発症や悪化のリスクを非常に低く抑えられる」ことが医学誌で多数報告されています。
事実、僕たちのジムでもリンパ浮腫の発症や悪化の報告は一度もありません。
ポイントは、「週に2回の筋トレは、同じ強度をやり続ける」ことです。
例えば、月曜日と水曜日に「重りなし」でスクワットをする(同じ強度)。
翌週、腕や体調に問題がなければ、300mlの小さなペットボトルを両手に持って負荷を少しだけ増やす。
このステップアップを繰り返します。
奥松:
筋肉をしっかり増やすための指標は、「歌えないけれど、会話はできる」くらいまで深くしゃがむ、または負荷をかけること。
そして最低でも「週に4セット」(10回×4セット)取り組むことです。
抗がん剤治療で失われた筋肉量は取り戻せます。
「週2回・同じ強度から始める」安全ステップが、リンパ浮腫リスクを抑えながら筋力を回復させる鍵です。

尹:
ホルモン療法による「骨密度の低下」に悩む方も多いのですが、食事や運動でできることはありますか?
奥松:
骨密度を改善するには、骨に物理的な刺激を入れる「筋トレ」や「負荷をかける運動」が推奨されています。
先ほどお話しした「持久力UPの早歩き」や「筋トレ(スクワット)」を行っていれば、自然と骨への刺激もクリアできます。
尹:
医療の現場では、まず自宅で手軽にできる「1日50回のかかと落とし」をおすすめしています。
また栄養面では、皆さん「骨=カルシウム」と思いがちですが、骨の土台(主成分)を構成しているのは「タンパク質」です。
「しっかりタンパク質を食べていますか?」
ということはいつもお伝えしています。
奥松:
もう一つ、骨密度を保つためには「痩せすぎない(適正体重を維持する)」ことも非常に大切です。
スリムな体型の方は骨密度が低い傾向にあるので、少しカロリーのある食事を摂っていただき、体重を一定に維持しながら運動で骨を守るアプローチをすることもあります。
骨の主成分は「タンパク質」。
かかと落とし・早歩き・スクワットで骨に刺激を与えながら、適正体重を維持することが骨密度を守る近道です。

尹 玲花(いん れいか)
医療法人社団マンマリア 理事長。
乳腺専門医。
乳がん医療の専門家として、患者に寄り添う診療を実践。
奥松 功基(おくまつ こうき)
リオールジム代表。
スポーツ医学博士。
乳がん経験者向けの運動・食事指導のエビデンスに基づき、多くの女性のカラダ再生をサポート。
著書に『乳がん治療後「疲れやすくなった・脂肪が増えた・筋肉が減った」を改善する本』(金原出版)。
